東京高等裁判所 昭和33年(う)550号 判決 1958年9月30日
被告人 古賀雪 外三名
控護人 弁護人 木田州又 外一名
検察官 大洋広吉
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は被告人古賀雪の弁護人木田州又、被告人李秉玉の弁護人柴崎四郎、同増田彦一共同、弁護人中野博義、被告人林寿命の弁護人遠山丙市、被告人南{日火}守の弁護人河田広、同有賀正明共同各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これらに対し次のとおり判断する。
木田弁護人の論旨第一点及び中野弁護人の論旨第一点
原判決が被告人古賀雪、同李秉玉の原判示第二の別紙一覧表(二)の3の事実認定に引用した被告人李秉玉の検察官に対する昭和三一年四月一六日附供述調書は所論の如く九四六丁と九四七丁間、九四七丁と九四八丁間、九四八丁と九四九丁間、九四九丁と九五〇丁間、九五〇丁と九五一丁間、九五一丁と九五二丁間に夫々右調書の作成者である検察事務官小野寺昭男の契印を欠いていることは明白である。
しからば、右調書は刑事訴訟規則第五八条第二項の規定に違反していることは謂う迄もない。
しかし右調書にはその作成者である検察事務官小野寺昭男の署名押印の外取調検察官大槻一男の署名押印も存在し、作成年月日も所属官署の表示も為されているのみならず右調書の筆跡は終始同一人のものと認められ、契印の存在しない部分の前の丁と後の丁との文章の脈絡も続いていて、首尾一貫している点から見れば、この調書は全体として昭和三一年四月一六日検察官大槻一男によつて為された被告人李の取調につき、同被告人の供述を検察事務官小野寺昭男が録取作成した被告人李の供述調書と認めるに十分である。
そして原審第一一回公判調書(昭和三二年一二月一三日附)によれば、被告人古賀雪も被告人李秉玉も共に右被告人李の供述調書を証拠とすることに何等異議なく同意をしているのである。右供述調書は証拠能力の存するものであつて、原判決がこれを証拠に引用したのは正当である。原判決は何等訴訟手続の法令違背の存するものとは認められない。論旨は何れも理由がない。
遠山弁護人の論旨第一、河田、有賀両弁護人の論旨
原判決引用の関係証拠殊に、被告人林寿命の検察官に対する昭和三〇年一二月一三日附供述調書、被告人南{日火}守の検察官に対する同年一一月一〇日附供述調書によれば、右被告人両名は外国人登録証明書の作成権限を有する者が、内容虚偽の外国人登録証明書を作成するものと認識して、本件外国人登録証明書偽造に参加したものであることが認められるのであつて、右被告人両名は本来刑法第一五五条の所謂公文書の有形偽造の認識は有せず、ただ同法第一五六条の所謂公文書の無形偽造の認識しか有しなかつたのであるが、被告人古賀雪の手により現実に作成された外国人登録証明書は公文書の有形偽造に係るものであつたことが認められるのである。
ところで、公文書を偽造することを順次共謀した数人の者のうちに公文書の無形偽造の認識しか有しなかつた者が存在するのに、現実には公文書の有形偽造が行われた場合には、その実行者の作成権限の有無につき認識の相違があるのみで、被告人林寿命の場合は自己の妻の弟呉八岩の、被告人南{日火}守の場合は自己の夫々外国人登録証明書を不正に作成するものであつて公文書偽造の目的には何等違いはないのみならず、公文書の無形偽造と有形偽造とは犯罪の構成要件を異にするも、両者はその罪質を同じくし且法定刑も同一であるから、無形偽造の認識しかない者でも有形偽造の故意の責任を負わなければならないものと解するのを相当とするので、結局原判決引用の関係証拠によれば、被告人林寿命同南{日火}守の各原判示事実を認めうるのである。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)
弁護人中野博義の控訴趣意
第一点 原判決の判示事実中訴訟手続に法令に違反する部分がある。
即ち原判決判示事実中別表一覧表(二)の事実認定の証拠として居る昭和三一年四月十六日附被告人李秉玉に対する検察官作成の供述調書中、同調書「記録第九四六丁乃至同九五二丁の六ケ所には検察官大槻一男、立会検察事務官小野寺昭男の契印が為されて無く、同調書は単に記録第九五二丁裏と九五三丁間に検察事務官小野寺昭男の認印が契印されて居るに過ぎない。しかしながら刑事訴訟規則第五十八条第二項によれば公務員が作るべき書類には毎棄に契印しなければならない」旨の規定があるが右検察官作成に係る供述調書には前示の如く契印が無いので刑事訴訟規則に違背するものといへる。然るに原判決はかかる規則に違背して作成された供述調書を恰かも適法に作成されたものであるかの如く誤信し、前示判示事実認定の証拠に採用せしは刑事訴訟規則に違反したものである。
弁護人遠山丙市の控訴趣意
第一点 原審判決には事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことが明かでありますから原判決は之を破棄せらるべきものなりと信じます。(刑事訴訟法第三百八十二条)
原判示事実によれば、被告人林寿命は、義弟の呉八岩が昭和二十八年六月頃、密入国して来た朝鮮人で、外国人登録証明書の交付を受けていなかつたところより、これが入手方につき苦慮していた者であるが、たまたま徳山こと卞徳鳳から正規の手続を経由せず、ひそかに担当係官に依頼することにより、所要の外国人登録証明書が入手出来ると言う噂を聞くに及び、呉八岩のため、たとえそれが偽造にかかるものなりと、正規の外観を備えた外国人登録証明書であれば、これが交付を受けようと企て、右卞徳鳳を通じ面識を得て大山利夫こと鄭粲奎及金城こと李仁宅の紹介によつて、埼玉県川口市に在住し、かねて川口市役所担当係官と懇意の間柄にあつて、同人から偽造の外国人登録証明書の下付を受けたことのある秋野こと李秉玉と知り合い。同人に対し其旨依頼したところ、同人は被告人の右依頼に基き当時川口市役所主事で同市役所戸籍課住民登録係に勤務し、同市長の補助機関として、外国人登録に関する事項を所管し、なかんづく同市長の発行すべき外国人登録証明書の作成事務を担当していた古賀雪に対し、被告人所要の外国人登録証明書一通を偽造下付して貰い度い旨依頼して、その承諾を得、ここに被告人は右李秉玉及古賀雪と順次共謀の上、行使の目的を以て、昭和三十年七月廿九日頃川口市役所において、右古賀雪は擅に、同市役所備付の外国人登録証明書空白用紙第〇五四一五一号の氏名欄其他に、夫々ペン又はゴム印を用いて所要の記入をした上、呉八岩の写真を貼布したところに同市役所備付の埼玉県丸形浮出ブレスを押捺して契印をなし、更に発行者欄には同市役所備付の埼玉県川口市長高石幸三郎の記名ゴム印を押捺し、その名下に川口市長之印と刻した同市役所備付の印章を押捺し、以て公務員たる川口市長の印章及署名を冒用し、同市長の作成すべき外国人登録証明書一通を偽造したものとして、被告人林寿命を有印公文書偽造罪の共同正犯(刑法第百五十五条第1項同第六十条)を以て処断して居るのであります。然し乍ら、いやしくも共謀に因る共同正犯たるが為には二人以上の者一心同体の如く、互に相倚り相援けて、各自の犯意を共同的に実現し、以て特定の犯罪を実行するのでありまして、其犯意の共同実現の態様に至つては、一律に非ずと雖も、すべてこれ各共同者の協心協力の作用を必要とするものであります(同旨、昭和十一年五月廿八日判決)今それ被告人林寿命と古賀雪、李秉玉三名の相関関係を、一件記録によつて検討する時、被告人と右両名との間に、あたかも一心同体となつて有印公文書偽造の犯意を共同的に実現したものと認めらるる事実は毫末も発見し得られないのであります。右古賀雪及李秉玉は、本件以外多数の同種犯罪を共謀の上、反覆して実行して参つた常習犯でありまして、被告人林寿命の無知からして、斯かる犯罪に巻き込まれたとは云へ、被告人には何等公文書偽造の犯意はなく、従つて右両名と共に犯罪の謀議を凝した者として、被告人を有印公文書偽造罪の共同正犯とすることは、明かに重大なる事実誤認であります。
原判決によれば、被告人はたとえそれが偽造の外国人登録証明書であつても、正規の外観を備えて居れば交付を受けようと企てたと云つて居りますが、このことは先づ左の証人等の証言によつても、事実に反することが明瞭であります。
秋野のこと李秉玉は公判廷における証言で
(問)正式のものが駄目なら、闇のものでもよいかと林に話したことがあるか、(答)そんなことは話しません(一八九丁裏)
被告人林は偽造のことについては何も知らなかつた(一八四丁)と述べて居り、又警察における供述に
林さんに警察へ自首する方法は駄目だというと「どこへ頼んでも、間違いないものであればよいから、宜敷く御願いします」と云つた(二四八丁)
と述べて、被告人が公文書偽造の犯意の無かつたこと及証人を信じて被告人が全てを依頼したことを証言して居ります。
又被告人を右李秉玉に紹介した大山こと鄭粲奎の証言には
「登録証明書を出して貰うには、罰金代調書代等を合めて七、八万円かかると、秋野が云つていた」(一三五丁裏)
「林さんは、間違なし出るのなら、その費用は出すと云つていた」(一三六丁裏)
とあり、被告人林の同業者である徳山こと卞徳鳳の証言では
「林も私も秋野の顔で不正な方法でなく、証書を出して貰えると思つた」(一七三丁)
「林も私も、警察へ自首したり、罰金を納めることは代理人でも出来るし、其代理人も秋野が他に依頼して呉れるものと信じ込んでいた」(一七二丁)
と云つております。
此等関係者の証言によつても、彼等が日本の法律及手続には暗く、一つに秋野こと李秉玉の話を信頼して、内容も正しい、偽造のものでない正規の外国人登録証明書が貰えるものと信じて居たことが解るのでありまして、まして本人たる林寿命に至つては、造船関係の下請事業を手広く経営して多忙の日時を送つていた為、一層秋野に一任する気持が強かつたものと思われます。
被告人林寿命は公判廷における供述で
「秋野さんは、絶対貰つてやるからと云うので、それを信用していました」(一九二丁裏)
「金は電車賃、食事代、交際費とそれに罰金代を含む趣旨で渡しました」(一九五丁)
「大山の話では、秋野が正式に証明書を貰つてやつた人が幾人もいると聞いて信用していました」(一九三丁)
「事業が忙しくて、手が廻らず、秋野に任せきりでした」(一九三丁裏)
とある如く、被告人には偽造の外国人登録証明書を受けようと云う犯意は少しも持つていなかつたのであります。
然るに検察官は、被告人の地位、人物からして、外国人登録証明書が斯く簡単に手に入つたり、しかもそれが金で買えたりすることに関し疑問を懐かなかつたことは、おかしいので、右証明書が偽造のものであることは知つて居る筈だとするのでありますが、被告人林寿命は工員約四十名を使つて、造船関係の下請会社を運営している中堅実業家でありまして(二八一丁)、立派な尊敬の出来る人物(秋野の証言、二五五丁)で性格は善良真面目(卞徳鳳の証言、一六七丁)、道義的責任感の強い人柄でありますが故に、尚更本件の如き公文書偽造等の不正の方法を以て、外国人登録証明書を下付して貰うなどと云う考えは、毛頭持つていなかつたのは、当然と云うべきであります。
又両名に与へた金円に就いては左の如き事情があります。
先ず秋野こと李秉玉に渡したと称せらるる七万円(七一丁、一三五丁裏)は、秋野の言うところによれば
「登録を持つてしなければ、警察に自首して、正式に裁判を受け罰金を納めてから、其領収書をみせて登録して貰うのだ」(六八丁、一三四丁)
との話を信じ、彼の所謂罰金代の外に、食事代、電車賃、交際費等を含めて、それ相応の金円を支払つた(一九二丁)ものであります。次に古賀雪に関聯して問題となつたのは被告人の自動車を古賀に貸したり、その時金円を渡したりしている事実を重視して居るのでありませうが、これは前記李秉玉が被告人から受取つた金円を一銭も古賀雪に渡さず、李と古賀との間の話合いでは、被告人の自動車を古賀が温泉に行くのに使わして貰うと云うことで話が決まり、被告人と目せらるる事実は全くないのであります。
尚被告人の警察における供述調書は、前記の如く、多忙を極める被告人の事業関係のことや丁度年末を控えた折柄であつた為、一日も早く出所したい一念から、不本意乍ら警察の云うことに迎合した状況でありまして、被告人が警察で述べたことは任意性及信用性のない供述であつて証拠として採用し得べからざるものなりと思料致します。(刑事訴訟法第三百十九条)
依て宜しく被告人に関する本件事実については、右の趣旨を御賢察の上、何卒無罪の御判決を賜り度いのであります。
(その他の控訴趣意は省略する。)